千宗守(せんそうしゅ、慶長10年(1605年) - 延宝4年12月19日(1677年1月22日))は江戸時代初期の茶人。千宗旦の次男で、武者小路千家の祖。俗名は甚右衛門、道号は一翁、また似休斎と号す。
宗守は兄千宗拙とともに宗旦の先妻の子であり、宗左や宗室とは異母兄弟である。
塗師の吉文字屋に養子に入り吉岡甚右衛門と名乗ったが、宗旦の死後に千姓に復姓した。吉文字屋は女婿の中村宗哲に継がせた
1666年(寛文6年)に高松藩松平家の茶堂として出仕するが、間もなく5代文叔宗守に譲り官休庵を興す。
脚注
注釈
出典



